2019年10月04日

被災地を訪ねてきました

10月に入ったというのに30度超えの暑い日が続きますね
先週末から仙台(私用)〜気仙沼(仕事)と行ってきましたが、
東北ですしさすがに寒いだろうと長袖の服を持参したものの、暑いわ
日差しは強いわでずっと半袖で過ごしてしましました。

今回は母の兄が7月に亡くなったのでお墓参りを兼ねて、東日本大震災の
被災地でもある母の実家周辺を訪ねました。といっても、すでに町全体が
全てが無くなっており、かつて住居があったとは思えない風景でした。
子供の頃、毎年夏休みにはおじいちゃんちに長く遊びに行ってたので、
記憶の中の田舎の風景が変わるというより、無くなるという。。。
母の母校でもある、あの大川小学校はそんな中、小学校の建物が変形しながらも
保存するようでそのままの状況でしたが、何ともいえない気持ちになりました。
大川小学校のすぐそばにあった先祖代々のお墓もあちこち傷がついており
津波の壮絶さを改めて実感しました。本当に何十年ぶりのお墓参りでしたが、
そこには町全体の慰霊碑ができており、相当な数の名前が刻まれていました。
新たな場所に建てた母の実家では、震災時の話を沢山聞きました。
山の上まで逃げて3日間、火を焚いてしのいだこと、食べ物がなかなか手に入らなかったこと、
そしてその町の中で、家族が全員無事だったのは、叔父叔母の一家だけだったとのこと。。。

その後、叔母が住んでいた、山に漁船が乗りあがってしまったあの雄勝町。
こちらも町全体がなくなっており、かつては海の風景がキレイだったのですが、
危険地域に指定され住宅を建てることはNGとなり、これまた海すら見えなく
高くそびえたつコンクリの壁しか見えなかったこと。

Hさんと気仙沼向かう道中、海岸線をドライブしようと、仙台から気仙沼まで
走行しましたが、景色を楽しむどころか、リアス式海岸はコンクリの壁だらけになって
いて、あちこちに津波到達地点の看板。壮絶でした。でも8年以上経過した今は
まだ整備もされているので、それまでの被災地のご苦労は思い知れません。
ただ、会う方、お話する方皆さん、東北の方々は暖かく親切でした。

顧問先のカネダイ様も震災で会社が流されてしまいましたが、かなりの高さまで
かさ上げした土地に新社屋を建てられて、ようやく訪問できてよかったです!

この間、ほや、さんま、うに、ほたて・・・と沢山おいしいお魚をいただきました。
そして、春に開通したばかりの橋を渡り、気仙沼大島まで行き、きれいな海を
眺めれたことは大満足。おいしかったなあ。。。
今回は考えさせられる旅でしたが、きちんと自分の心の中におさめておこうと思います。

                    スタッフR




posted by staff at 13:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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